ゼロの使い魔 ハルケギニア茨道霧中
第三十六話「建国」




 この数ヶ月で激動を味わったセルフィーユは、国王が帰還したことで騒ぎこそ一段と大きくなったが、明確な指示が出たことで熱気はそのままに混乱は収束へと向かっていた。
 もっともその国王は、旧主であったトリステインで開かれる建国の祝賀会に出席するため帰還の二日後には国を出ており、大使の決まらぬまま大使公邸とされる予定のトリスタニア旧王都別邸にて、その準備に追われている。
 既に月をまたいで第八の月であるニィドの月……諸国会議で強行された即位戴冠式より既に十余日が過ぎていたが、セルフィーユ『王国』は未だ正式な建国の宣言が為されていなかった。

 祝賀会当日の朝、少々私的な理由で王城を訪問したリシャールは、アンリエッタや義父ら関係者一同と小さな秘密の集まりを持った。義父らは一同揃ってリシャールに跪き、即位の祝辞を述べてから、かえってさばさばとした様子で『好きにやれ』とリシャールの肩を叩いたが、それだけが唯一の救いであろうか。
 その親族らが見守る中、リシャールは『王様セット』を身に着けて一つの儀式に立ち向かっていた。
「我、セルフィーユ王リシャール、この者に祝福と貴族たる資格を与えんとす。
 アニエス・『ド・ミラン』、汝、始祖と我と祖国に子々孫々変わらぬ変わらぬ忠誠を誓うか?」
「誓います」
「宣誓はなされた。
 この者を、始祖ブリミルの御名において勲爵士に叙する。
 汝に始祖の加護と祝福あれ」
 リシャールは跪いて畏まるアニエスの肩に、王杖で軽く触れた。儀式を終えた双方から緊張が解け、小さくため息が洩れる。
 アニエスは貴族に叙され、同時にセルフィーユ貴族ミラン家が誕生した。
 そのまま続けて、空賊討伐時の功と剣術指南役の精勤を賞してシュヴァリエに叙任する。
「これからも、『任務』の方をよろしく頼みます」
「はい、陛下」
 彼女の名はアニエス・『シュヴァリエ・ド・ミラン』と、更に長くなった。

 彼女の帰属先も含めて、両王家……いや、アンリエッタとリシャール、そして本人の三者にて少々やり取りがあったのだが、アンリエッタの側から平民の侍女と貴族の侍女ではやはり扱いが異なるので、アニエスを貴族に列して欲しいと希望が出されていたのだ。
 建国に際してアニエスをトリステインの民とすることは可能だったが、王太女の彼女ではトリステイン貴族の誰かを指名して貴族家を創設することは出来ても、平民を貴族に叙するのは少々手間が掛かりすぎた。セルフィーユを見習うように、既にトリステインでも有能な平民の積極的な登用は掲げられているが、それらは貴族層の抵抗も予想されていたから、今は極一部の下級官吏に限られていた。
 しかし正式な王位を得たリシャールに、その制限はない。ゲルマニアと違って金銭を媒介とした爵位の授与は考えていないが、王国の建国が決まってから実務上の必要性、あるいは個人を賞して元より幾人かの貴族化を予定していたので、彼女もその列に加わることになった。
 今度はトリステイン側の課題として、王宮奥深くに他国人が出入りすることになるのだが、こちらの方はあまり問題視されなかった。ガリアの王家などは王城の警護にベルゲン大公国の傭兵隊を王宮衛兵として代々雇い入れていたし、現在我が国の宰相は外国人、何の問題がと、疑問を抱いたリシャールの方が首を傾げられてしまう始末である。現代人的な感覚では図り得ないが、国同士の結びつきと個人への信頼、貴族と平民の身分差から生じる扱いの差……あらゆる要素が複雑に絡み合って、それが許されるらしい。
 自分に忠誠を誓わせるという行為にも多少の抵抗感はあったが、信義を誓うということならば自分もアンリエッタに杖を捧げ、それは履行されていた。王家はリシャールの危機に際して実際に動いたし、自分も真面目に奉公をしてきたからこそセルフィーユ家は存続しているのだ。アニエスの後ろ盾として自分の力が必要というのなら、彼女の示してきた仕事ぶり……あるいは忠誠に敬意を表してもよいとリシャールにも思えた。それが勲爵士授爵と騎士叙任という形式になるのは、ハルケギニアならではの雇用形態とも言えようか。
 他にもラ・ラメー艦長ら、空海軍に所属するトリステイン貴族士官も全員がセルフィーユ貴族となる決意を固めた。トリステインに戻ると恐らくは老齢を理由に軍艦に乗せて貰えないと言う、彼らの心意気や生き様に関わる重大事でもある。元々が次男三男で新たに貴族家名を得た者もいたが、多くがトリステインに残る息子や親族に家督を譲って別に一家を立てることになり、こちらもアンリエッタからはお墨付きを頂戴してあった。
 皆が不遇を味わうかどうかは自分次第だが、それは今に始まったことではない。この問題は心の問題、実務の方は待ってはくれないと、一旦横に置いたリシャールである。

「いらっしゃいませ、リシャール陛下」
「ご無沙汰しておりました、マリアンヌ陛下」
 王后マリアンヌは『陛下』と呼びかければ途端に不機嫌になる……とは聞いていながら、公式の場で、しかも挨拶の初手とあっては双方目を瞑らざるを得ない。
 午前中は臨時の叙任式や打ち合わせで潰したリシャールは、午後になって、王城で組まれた予定の一つ、国権譲渡と条約に関する調印式に出席していた。
 これを経てからでないと、独立の宣言は叛乱とみなされても文句は言えない。
 トリステイン側からはアンリエッタ、マリアンヌ、マザリーニの三人に加えて、リッシュモン高等法院長、貴族院議長リュゼ公爵、ラ・ゲール外務卿、諸侯の代表として義父ラ・ヴァリエール公爵らが出席し、見届け人には各国の大使やトリステイン大司教らが席を温めている。
「宰相、よろしいかしら?」
「はい、先日の会議の決定に従い、全て調えてございます」
 アンリエッタが傍らのマザリーニに確認を取り、文官らの手で書類束がテーブルの上に広げられた。
 顔ぶれを見回しながら、さてさて、裏の事情は何処まで伝わっているのやらと思案する。

 ガリア王の大きすぎる横槍と便乗したロマリアの介入で、王太女主導のセルフィーユ再併合の計画は初手から潰されてしまった。だが表向きは、諸国会議で全会一致の賛成を得たセルフィーユの独立と王国化は美談に仕立て上げられ、市井でのアンリエッタの評判はむしろ高まっている。
 問題は貴族層の反応だ。
 ある意味、トリステインの諸侯ではなくなってしまい局外に置かれたセルフィーユとリシャールだが、無関係とも言い難い。
 会議の直前に義父から聞き及んだところ、貴族院諸派は意見が紛糾しているとのことだった。市井と同じくアンリエッタ万歳を唱えている者も多いが、国土をみすみす無駄にしたと批判を叫ぶ者、田舎の領地一つを代価に支払っただけで国の評判を高めたと近未来の親政に希望を見出す者、将来の宰相候補が国を見限るほどトリステインは落ちぶれたのかと嘆く者、後ろ盾を見てガリアと結ばれる前に滅ぼしてしまえと声高に触れ回る者と様々だ。
 どういうわけかリュゼ公爵を中心とする一部は黙り込んでいるそうだが、意見の違いは裏の事情を知っているか否かという区分けでもないようで、もう少し様子を見なくてはならないと言う。
 それに対し、諸侯たちの反応は比較的静かな様子だった。位人身を極めるどころか王位についたリシャールへの賞賛もあったが、ゲルマニアと国境を接する小国がどれだけ危うい存在か知っている者も多い。今は評判が身を守ろうとも、次代かその次ぐらいには王家という格式を逆手に併合策ではなく婚姻策を取られ、名前だけはセルフィーユ王国のままゲルマニアに組み入れられても不思議はないと見られているようだ。裏事情を知らなければ喧嘩を売るよりも余程順当な手段だなと、リシャールにも思えた。……しかし、アルブレヒト三世は新教徒のことも知っているから、実際にはほぼあり得ない手でもある。
 だがそれらを見渡す内に、一つ分かったこともあった。
 セルフィーユの独立について、トリステイン内の裏事情は知っていても、新教徒の一件は義父さえ知らないようで、諸国会議の席上で各国に認識されながらも本当になかったこととされているらしい。
 正に国家機密とされるような密約だったのだなと、リシャールは改めて諸国会議の裏表に畏怖を抱いた。

 調印式は開式の宣言と始祖への宣誓の後に粛々と始まり、書類の読み上げ後に双方のサインが書き入れられて次に移る形式で進められていった。
 書類がすり替えられているようなこともなく、リシャールもリュティスで渡された素案と相違ないかのみを確認し、淡々とサインを入れていく作業を続ける。

 この調印式は、実態無き王家が国と民を得る儀式、とでも言えようか。
 リシャールにこれまで与えられていたセルフィーユ領主としての統治権は、あくまでもトリステインより認められ貸与されていた権限であり、本来の主権者はトリステイン王家のままであった。それらとともに予定されていた侯国ではトリステインが掌握したままであった国権、いわゆる外交権、軍権、貨幣鋳造権なども、今回の王国建国によりトリステインから全て譲渡される。
 これには当然、土地の譲渡だけで無くそこに住む人々のセルフィーユへの帰属も含まれていたが、両者の思惑で曖昧な文言を連ねてあった。新教徒問題がある種の押さえとなってアンリエッタとマザリーニも目を瞑らざるを得ないし、セルフィーユにいる誰と誰が新教徒なのかなど、リシャールにもわからないし調べる気もなかったのである。
 また、細かなところではラ・ファーベル家はトリステイン貴族として承認されたままセルフィーユ家の預かりとされ、王命による従軍が免除された代わりに年金が止められた。

「以上にて、国権譲渡に関する調印式は終了でございます。
 続けて、二国間で結ばれる条約について……」
 ここまでがセルフィーユ『王家』に対しての儀式や約束事の交換ならば、ここからはセルフィーユ『王国』に対してのそれとなる。他国より関係が深い部分について、矛盾の解消と新たな約束が交わされるのだ。
 式はひとまとめにされているが、こちらではセルフィーユ王家は諸国会議を通して既に承認されていても、セルフィーユが王国として書類上だけでも成立した現在でないと発効に矛盾が生じてしまう一部条約が正式に認められることになる。
 既に存在する王都の商館と別邸は、それぞれ在外公館である商館および大使公邸として承認され、国内を結んでいた王都とセルフィーユの航路は国外航路として新たに両国に認可された。護衛という名の軍が移動する王都往復便も、トリステイン王政府の許可の元、続けられることになった。
 その他の細々とした条約も結ばれたが、ほぼ対等な内容であるのはアンリエッタとマザリーニのせめてもの罪滅ぼしの気持ちであろうかと、リシャールは複雑な気持ちで積み上がっていく書類を眺めた。

 夕刻、調印式を終えたリシャールは、正式な大使公邸となった元別邸へとカトレアとマリーを迎えに戻った。とは言えほとんど時間はないので、馬車も入り口に待たせたまま二人をエスコートして王城にとんぼ返りである。
 祝賀会は、あまりにもお決まりの……立太子の祝賀会でのアンリエッタを、そのままリシャール夫婦を置き換えただけような、予想通りの展開で終始した。
 もちろん、急な開催に加えてトリステイン側でもある程度出席者の調整はされていたようだが、元から人数も多いので気苦労が減ったとは言い難い。
「お疲れさま、リシャール」
「カトレアもね。
 ……昼も疲れたけど、こっちが本番だったのを忘れてたよ」
 今夜はいったいどれだけの挨拶を交わしたのかと、祝賀会に出る前から憂鬱な気分になっていたが、これも王様に必要なお仕事なのかと、リシャールの側でにこやかな表情を崩さなかったアンリエッタに、別種尊敬の念を抱いたほどだ。
 カトレアも当然王妃として出席をしていたが、こちらよりも余程お妃様らしく見えると、自分同様貰い物のティアラを頭に乗せたカトレアを見ていた。
「流石に向こうで貰った反物で、ドレスを仕立てる間はなかったからなあ……」
「ふふ、本当にそれどころじゃなかったわね」
 カトレアも城の女主人として、増えた客人の対応をリシャールから任されていたし、彼女なりの気遣いでオルレアン家の二人、特にクリスティーヌ夫人には気を配っていた。
「きらきら!」
「そうね、きらきらしてるわね」
 母親と同じものが与えられたので気に入ったのか、マリーは頭に乗せられているティアラをいやがりもせずにこにことしていた。
「とうさま、はふー?」
 ……もうすぐ二歳になる娘は何でも真似る年頃だし、ティアラのことは微笑ましいのだが、父親を真似てため息をつくのはどうだろうか。彼女は楽しそうだが、リシャールは深く反省した。
 そんな三人を乗せて、馬車は公邸へと戻っていった。

 昼には戻る予定でのんびりしていた翌朝、次兄が顔を出してくれた。家族の訪問はアルトワ伯クリストフより知らされていたが、王都住まいの彼にも連絡が行っていたようである。
「ジャン兄さんが!?
 すぐに行きます」
 狭い屋敷のこと、すぐに応接室へと向かうと跪く次兄を立たせる。
「ジャン兄さん!」
「いよう、陛下!
 いやあ、門前払いされたらどうしようかと思ったけど、下にも置かぬ扱いってやつで、かえって恐縮したよ」
 相変わらずだなあと思いながらも、軽く抱擁を交わして懐かしむ。ちょっとは身長が追いついたらしく、顔が近い。
「後でお爺様まで揃って、全員で挨拶に来るってさ」
「ほんとはこっちから行かないといけないんですけどね」
「馬鹿だな。
 王様を呼びつけるなんて、恐れ多いだろう」
「まあ、ジャンお義兄さま!
 ご無沙汰しております」
「とうさま? ……だあれ?」
 マリーを抱いて現れたカトレアに、ジャンはリシャールの頭を撫でくり回していた手を止め、すぐさま跪いた。
「王妃陛下並びに姫殿下には、ご挨拶が遅れまして申し訳ありませぬ。
 ジャン・マチアス・ド・ラ・クラルテ、リシャール陛下へと御即位の祝辞を献じるためにまかりこしました次第にございます」
 態度が一変した次兄に、また遊んでるなと、リシャールは小さくため息をついた。
「……何やってるんですか、ジャン・マチアス王兄殿下?」
「何ってお前、お前はともかくカトレア様に失礼は出来ないだろう。
 ……それから、殿下はやめろ。
 一応お爺さまから正式にお話があるだろうが、兄上も俺も、セルフィーユ家の継承権は放棄する。
 色々とまずいことは、お前にも分かるな?」
「……えーっと、まあ」
 瞬時に切り替える次兄に、そう言えばこっちは何も決めてなかったかと、リシャールは頭を抱えた。
 ぶっちゃけてしまえば、利益も大きいが政争しかり継承しかり、巻き込まれる前に距離を置くことが一勲爵士家であるラ・クラルテ家を守る事に繋がってしまうほど、セルフィーユは大きくなってしまっていた。逆にべったりとセルフィーユに寄り添うならアルトワ家の庇護を捨てねばならず、それもまたよろしくないし、リシャールの望む未来図ではない。
 しばらくして祖父らも揃い、解決せねばならない両家の関係について話し合われ、結局、継承権の放棄と同時に、長兄が将来ラ・クラルテ家を継ぐことで行き所がなくなる次兄に、セルフィーユ籍の勲爵士家を一つ押しつけ……もとい、与えることに決まった。
「まあ、ラ・クラルテから一人ぐらいは出さんと、リシャールも寂しいだろう」
 曾孫を抱いてご満悦の祖父に、両親が頷く。
「自分で爵位どころか王位までもぎ取ってきたリシャールには悪いが、苦労なく次男に家を与えてやれる幸せな父親なんて、そうはいないんだぞ」
「そうね。
 エルランジェのお父様も王様になっちゃったリシャールには悩んでいらっしゃったけど、ほんとは喜んでいらっしゃるわ。
 でも、王様じゃリュシアンの結婚式には呼べないわね……」
「内緒で参列しますよ、母上。
 リシャール・ド・ラ・ファーベル宛で、必ず招待状を送って下さいね?」
「おいおい……。
 嬉しいけど、お前は王様なんだからそういうわけにもいかないだろう?」
 婚約者ミシュリーヌは里親の元で花嫁修行中だが、結婚が来年に決まった長兄リュシアンが照れながら苦笑する。
「わたしとマリーもお忍びなら大丈夫よね、リシャール?」
「カトレア様まで何を!?」
「アルトワまでフネで行くにしても……降りる時、変装してればいいかな?
 ほら、春先に公爵様ご夫婦がセルフィーユに来られたときみたいな……」
「おいリシャール!?」
「いいわね、楽しそうだわ」
 元公爵令嬢、現王妃陛下のお言葉では、祖父でさえ口を挟めない。
「兄上の結婚式はともかく……。
 公子様が学院にご入学されるまでは、俺も家庭教師を投げ出すわけにはいかないからな。
 その後はよろしく頼むぞ、陛下?」
「はい、ジャン兄さん!」
 リシャールはジャンに手を差し出した。
 口はともかく、何かと頼りになる次兄なのである。
 
 家族には旅行中で会えなかったクロード宛の手紙を急いで書き上げて預け、授爵も兼ねて式典に引っぱり出されることになった次兄を連れてセルフィーユに戻ると、そこからはぎっしりと埋まった予定がリシャールを待ちかまえていた。
 後回しのしわ寄せも及んでいたから、それこそてんてこまいである。
 一日だけの余裕を完全に使い切ってどうにか体裁を整え、翌日、荷馬車を飾り立てた見栄えだけは立派なオープントップの飾り馬車で、リシャールは寝不足のまま城を出た。
「リシャール王万歳!」
「セルフィーユ王国万歳!」
「建国万歳!」
 シュレベールでも万歳で見送られたが、ラマディエは感謝祭もかくやという勢いで、沿道にも人が溢れている。『王都』に向かう荷馬車は朝から満員だったと言うから、国中から人が集まっているのだろう。曲がり角の向こうを見れば、人出に当て込んだ屋台まで出ている。
 好天に恵まれた空には、『ドラゴン・デュ・テーレ』と『サルセル』がアーシャを先頭に低空で三角形を作って、人々を驚かせている。
 その真下、飾り馬車の上で引きつろうとする頬肉を何とか宥め、リシャールは笑顔を振りまいていた。表情など、同乗しているマリーの方が余程落ち着いてるだろう。
 建国のけじめとして必要なことはわかってはいても、似合わないなあと頭を掻きたいところである。
 後続の、こちらは乗用馬車に乗せられているキュルケなどは、くすくすと笑っているのではないだろうか。事実笑われているとしても、咎めるどころか大いに頷くだろう。自分も立場が逆ならこのような役どころ、口で『キュルケ女王陛下ばんざい!』を叫び、内心でくすりと笑うに違いないのだ。
 やがて車列は、庁舎の門前に到着した。人々の熱狂が最高潮を迎える。
「とうさま!」
「……」
 カトレアは軽く微笑んでからマリーを抱えると、飾り馬車を降りた。キュルケやタバサ母娘らと共に、フレンツヒェンやマルグリットらが作っていた列に混じって並ぶ。
 その背後に、ばさりとアーシャが降りてきた。

 一世一代の大勝負、やっぱり言わなきゃならないんだろうなあと、リシャールは一瞬だけ目を閉じた。

 ……これでも懸命に考えたのだ。
 短く、分かり易く、人々の記憶に残るように。

 リシャールは馬車をそのまま演台にして、大きく両手を広げた。



「皆が今日より母国とするこの国は、ハルケギニア中を見渡してもそうはないほど小さな国である。

 しかしだ。

 この国は、人生の困難に正面から向き合う勇敢なる人々で溢れた国なのだということを、私は既に知っている。

 ならば次は、私が皆に示さねばならない。

 リシャール・ド・セルフィーユは国王として国難から目を背けぬことを始祖に誓い、ここにセルフィーユ王国の建国を宣言する」



 ブリミル歴六二四一年、ニイドの月ヘイムダルの週オセルの曜日。
 リシャールの感覚で言えば盛夏八月、その十五日。

 セルフィーユ王国は国王リシャール一世の名で、内外へと建国を発した。




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