幼なじみとは如何様(いかよう)なものだろうか。 朝起こしに来る。 一緒に登校する。 朝作ってきた弁当を渡してくれる。 実は相手をずっと昔から好いている。 つまり……幼なじみは素晴らしい。 それが、一般的な結論。 そう。 一般的(……)な。 「あー、時間か……」 部屋中にけたたましい音を響かせる目覚ましを止め、西原タイキはベッドからのそりと起き上がった。 「……あー、めんどくせ」 手早く顔を洗い、着替え、支度を済ませ、時計を確認する。 現在の時刻は八時、五分前。 自分が居住している、高校付属の寄宿舎。 世の中の例に違わず、この施設も当然のごとく男女別になっている。 しかし。 「……」 余程の事が無い限り開いてはいけない、と全生徒に言い渡されている扉を当たり前のように(…………・・)通過し、そのまま渡り廊下を抜け、女子棟に向かう。 不純異性交遊にも繋がる事になる、本来はあまり褒められたことではないこの行為が、自分だけ(……・)最近は黙認されてきたフシがある。 その理由は……。 「あ、おはよー」 「……はよーっす」 たまにすれ違う女子生徒に挨拶を返し、一直線にある部屋へと向かう。 他の女子たちも自分を見ても何も言わずに、すぐに友達とのおしゃべり、登校の支度などに戻ってしまう。 誰も、タイキに目を留める者などいない。 もう既に、毎日の日課になってしまっているのだから。 幼なじみとは如何様(いかよう)なものだろうか。 朝起こしに来る? 一緒に登校する? 朝作ってきた弁当を渡してくれる? 実は相手をずっと昔から好いている? そして……幼なじみは素晴らしい? 「……違う」 確信して、断言する。 「違う……っ!」 なぜかと言うと。 「……絶対にあり得ない最後から二番目以外全部俺の役目だからだああぁぁぁっっ!!!」 絶叫するなり部屋のドアを引き開けた。 まず見えたのは、薄暗い部屋。 そして。 「さて、そろそろ寝るかってのよ……」 ミノムシよろしく毛布をかぶり、ゲーム画面が点灯したTV前に座っている人物。 「あー、やっぱ徹夜は疲れるわねー。次から四時には寝るようにするかっての」 などとつぶやいている人影は持っていたコントローラーを手放し、そのまま後ろのベッドに倒れ込んだ。 「……おい」 再び、心の中で舌打ちしながら言う。 「おい、今日は月曜だ、とっとと起きろバーカ」 声をかけるが、徹夜明けで朦朧(もうろう)としている相手は気づかず、そのままスースーと寝息を立て始める。 ……。 「いいから起きろつってんだろ『マソラ』さんよぉ……」 不機嫌を隠そうともせず、毛布を剥ぎ取り、彼女の名前を呼ぶ。 そう、これがタイキの……幼なじみ。 と、そこで彼女――マソラは初めてこちらに気づいたかのように跳ね起きた。 服装は何故か制服のまま。……おそらく先週からずっとそのままなのだろう。 「ってか! いつからいたのアンタは! 軽々しく乙女の部屋に入るんじゃないってのよ!」 「ところで自称乙女さんに聞きたいんですけどもねぇ! 最後に風呂入ったのいつだバーカ!!」 「1時間くらい前、アンタが来る前に一っ風呂浴びてきたってのよ」 「……すまん、悪かった」 いつもの彼女なら「三日前に入った」などと言いそうだが、さすがにいつもそんなわけはないか。 「風呂入らないでクエスト受けると最大値減るからキツいわねー。やっぱ縛りプレイはやめた方がいいっての」 「ゲーム内の話じゃねぇええええええっ!!」 一瞬安心した過去の自分が何だか損したような気分になり、頭を抱えて叫ぶ。 「てか、なんの権利があってあたしの睡眠を邪魔するってのよ!」 「権利はねぇけど義務があんだよ!! 担任からお前を次のホームルームには必ず連れてこいって! 駄目だったら連帯責任にするともな!!」 「ぅるっさいわね、いいから黙って後十時間くらい寝させないよ! こっちは今から寝るところなのよ!」 「文字通り日が暮れる上に今現在世間様は朝の八時だろうがあぁぁぁっ!!!」 絶叫し、部屋中のカーテンを引き開け、彼女の手からコントローラーをひったくった。 「あ、ちょ、待っ」 「知・る・か」 そして『たくさん上手に焼けましたー』などと騒ぎ立てているTVの電源を叩き切り、彼女に告げる。 「……十五分で用意しろ、いいな」 ……。 幼なじみの要件その一、『朝起こしに来る』。 「……ったく」 寄宿舎の入り口門付近にて、建物に寄りかかったままタイキはため息をついた。 ここから自分と彼女――天道寺マソラが通う高校まで、およそ十分。朝のホームルームには間に合うはずだ。 ……。 そのまま頭上の青空を見上げていると、建物内からマソラが小走りに出てくる。 ……片手に小型ゲーム機を持って。 「……おい」 「何よ、あたしの大佐タイムを邪魔するんじゃないっての」 そう、これが彼女の唯一の……かどうかは知らないが、彼女の欠点。 ゲーム大好き。 それも、廃人的なレベルで。 「さっ、今日も一日元気にリボルバー大佐と共に過ごすっての!」 最近彼女がハマっているミリタリー系のゲームに登場するキャラの名前らしいが、そんな事は心底どうでも良かった。 問題は……これがヤバいレベルで進行中だという事。タイキ自身としてはもう末期だと考えてはいるが。 日常や生活習慣と言うには生ぬるい、彼女いわく『存在理由(レーゾンデートル)』 放っておくと生命維持関係はともかく、人間としてそれはどうなのかレベルの事を平気でやってのける。 睡眠時間を削る程度は当たり前に、 例@・「そんな物に使うお金がもったいない」という理由でゲーム以外に使用する費用が必要最低限以下 仮にも年頃の少女としてそれはどうなのかと思うレベルで、寄宿舎のマソラのクローゼットには制服と私服が数点のみ。以前、恥を忍んでタイキがマソラ用の女物の服を買いに行った事もあった。 例A・「着替える時間がもったいない」という理由で服装が金土日月通しで制服 何か新作を買ったりして集中していると、金曜帰ってきたままの格好、つまり制服の状態で土日を過ごす。 例B・「食べる時間がもったいない」「トイレに行く時間がもったいない」という理由で基本的に飲食はしない 少し前など、数日空けて様子を見に行ったら、冷蔵庫に残っていたのかちくわを咥え、血走った目でパソコンに向かっているマソラさんがいました、まる。 「……もうヤダこの末期的ゲーム廃人……」 その時の事を思い出し、タイキがかなり本気で涙目になっていると。 「何ぶつぶつ言ってんのよ。ほら、さっさと行くってのよ」 幼なじみの要件その二、『一緒に登校する』。 マソラと共に、並んで通学路を歩く。 「……」 小型ゲーム機に集中したまま器用に電柱をかわし、前方から突撃してくる自転車を避け、軽快に彼女は歩いていく。 条件反射というより、もう既に彼女の本能的回避行動になっているのではないかと思えるほど、それは日常の景色だった。 そして、それに気が付いた同じクラスの生徒たちが、自分と彼女の周囲に集まってくる。 これも、いつもの光景。 「今日も一緒に登校? 仲いいねー」 「別にそんな事ないわよ。ただの腐れ縁だっての」 目線を手元のゲーム機に集中させながらも、クラスメイトへ応答を返していくマソラ。 「……腐れ縁っつーか腐りきった縁なんだが」 そのクラスメイトに抗議じみた声で返すが、相手はそれを冗談と受け取ったらしかった。 「照れなくていいのに。ねー」 ……。 幼なじみの要件その三、『朝作ってきた弁当を渡してくれる』。 「ほら、お前の分の弁当」 昼休み、自分の席で携帯ゲーム機を取り出したマソラに声をかける。 今回はいつも以上に自信作だった。 主菜と副菜のバランスに気を使い、日頃のカロリーもおそらく足りていないであろう彼女のために量も多めにし、それでいながら材料費もワンコイン以内に抑え、なおかつ……。 ……。 「俺……何してるんだろう……」 ふと、相手が気づかない程度の声量でつぶやく。 マソラがあまりにもアレなので、栄養バランスやら食習慣やら一日三十品目やらの知識が栄養士並みの主夫状態になってしまったタイキだったりする。 そして、彼女に弁当を手渡す光景を目にしたクラスメイトが、やはり騒ぎ始めた。 将来このまま結婚するんじゃないかと、クラス内でウワサされているのを聞いた事もある。曰く、 「あの二人はこのまま付き合って最終的に結婚でもするのだろう」 「幼なじみの二人が最終的に結ばれるってやはりそういう風になっているんだなぁ」 「自分たちから見てもあの二人はお似合いだ、こちらが手出しできる事ではないのだろう」 ……。 「だあああぁぁうっせえぇぇぇぇっ!!」 昼休みの屋上で叫ぶ。 付近にいた数人の生徒が、不審そうな眼をタイキに向けてくるが、そんな事は今さらどうでも良かった。 クラス公認の夫婦カップル。 ケンカする程仲がいい。 雨降って地固まる。 「ふふふ……うふふふふ……」 不気味な声が口から漏れ、屋上の生徒たちがどんどん彼から遠ざかっていくが、やはりそんな事を気にしている余裕は無かった。 ……もういい、この状況を変えてやる。 そう、決心した。