「ここ、みたいね」 夕日に照らされた廊下。とある部屋前で私はつぶやいた。 目の前には「生徒会」と書かれたプレートが掲げられた扉。 「クラスの委員長に選ばれた時にはどうなるかと思ったけれど……」 人間、習うより慣れろ、とはこのことか。 選ばれてから数日、クラスのリーダーとして尊敬される人物になれるように努力してきた。 その成果もあり、先生方からの私の評価も上向きになりつつあるようで。 「おっと、そんな事より」 再び、生徒会室のプレートを見つめた。 生徒会というからには、さぞかし品行方正な人たちが役員をしているのだろう。 それに負けないようにしなければ。 自分の格好を確認する。 髪、服、スカート丈、靴下、元から付けてもいないアクセサリーや化粧。 「よし、問題無い、と」 今日中に提出が義務付けられている書類を抱え直し、ドアをノックしつつ中に入る。 「失礼します。1年C組の委員長です。クラス役員の名簿を持ってきました」 扉を開けた瞬間、奥の大きい窓から紅い夕陽が目に飛び込んできた。 その光景に目を焼かれていると。 「はい、どうもご苦労さまです。その辺に適当に置いておいてくださいね?」 奥の方から、女子生徒の声が聞こえてくる。 「は、はぁ……適当に、と言われましても……」 普通、そういった用途の書類袋か何かがあるのではないか。 「フフッ、何でしたら投げちゃっても構いませんよ? ばさー、と」 そう言う彼女は、何が楽しいのかケラケラと笑う。 「それはそうと、お仕事ご苦労さまですね?」 「あ、はい、では私はこれで……」 唐突に、自分がここに来た目的を思い出した。 書類を手近なテーブルの上に置くと、いそいそと退出しようとする。 「あ、ちょっとストップです」 「……?」 「せっかく来てくれたんですから、」 相手はそこで一度言葉を切ると、 「少し、ゆっくりしていきませんか?」 ――数分後。 「どうぞ。心が落ち着くハーブティーです」 なぜか燕尾(えんび)服、つまり俗に言う執事服を着た男子生徒が、にこやかにティーカップを差し出してきた。 「は、はぁ……どうも」 ためらいつつも、思わず受け取ってしまう自分がそこにいる。 (なん、だろう……この人は……) 思わず助けを求めるかのように先ほどの女子生徒の方を向くが、相変わらず彼女はケラケラと笑うばかり。 一体、この人は生徒会内でどんな役職に就いているのだろうか。 やはり会長、だろうか。 気になって、相手の右腕に付けられている腕章をそっと窺(うかが)う。 書記、とあった。 (つまり、会長や副会長は別の人物という事か……。まさかこの人という事はないだろうけども) 今度は視線を横に向ける。 そこには変わらずに執事服のまま「控えている」男子生徒がいた。 「……ええと、あの、」 「いえ、僕の事はお気になさらず。務めを果たすまでですから」 素性を聞こうとしたが、丁寧に拒絶されてしまった。 そのまま、渡された琥珀色の液体を口に含む。 ……。 「あの、時に会長はどちらでしょうか」 奥の席にいるべき人物が見当たらないのに気づき、女子生徒に訊いてみる。 「フフッ、すみません。会長はちょっと外出中なんです」 (ふむ……) まあ、会長は一般的には忙しい身だ。 そういった事もあるだろう。 ふと、そのまま周囲を見回す。 「……」 部屋の隅にしつらえられた会議用のテーブルには、校内に持ち込みが禁止されている携帯ゲーム機で遊んでいる男子生徒が2人。 それを見て私は顔をしかめた。 ……ここは本当に生徒会室なのか。 (没収した物……? でもそれにしたってそれで遊ぶなど……) ますます訳が分からない。 そして、奥の方に設置してあるソファでは、寝転がりながらぼりぼりお菓子を食べている、小柄な女子生徒が1人。 (一般の部活でさえ、菓子類の持ち込みは厳禁なのに……) こちらの視線に気づいたのか、その女子生徒は「あなたも食べる?」といった感じでポテチの袋を軽く持ち上げてみせた。 (全校生徒の模範となるべき生徒会が、この体たらくとは……!) だんだんと、怒りがこみ上げてくる。 早く帰りたくなってきて、今何時かと見上げた壁時計の下には会長席があった。 よく観察するとその上には、未処理と思わしき大量の書類。 さりげなく覗き込むと、日付は……4月7日。 ちょうど役員が任命された次の日。 もう、我慢できなかった。 「すみません、一つ言わせていただいてよろしいですか」 「はい、何でしょう?」 帰り際、ケラケラ笑っている女子生徒に言う。 「失礼ですが、いくらなんでも職務怠慢が過ぎないでしょうか」 辛らつな言葉を放っても、目の前の女子生徒はニコニコしているばかり。 「すみません、皆さんも忙しいのでしてね? 今度会長がいらっしゃった時にきちんとお伝えしておきますからね?」 目の前の彼女はそう言うが、部屋の中の他の人間は全員、思い思いの事をしている。 誰一人として、生徒会の職務を行っている者などいない。 そして極めつけに、見当たらないのはいいとしても、全く仕事を片付けていない生徒会長。 「……分かりました。この件は、来週の全校集会の時に質問させてもらいます」 もう、話をする気にもならなかった。 「弾劾(だんがい)、リコール、その他も覚悟して下さい」 ヘタをすれば……停学。 持ち込み禁止の物品を持ってくるなど言語道断。 「では、私はこのあたりで失礼させていただきます」 「あらあら、お気をつけてくださいね?」 相手の女子生徒は、やはり人ごとのようにケラケラと笑っている。 「……」 帰り際、ゲームで遊んでいる男子生徒たちをキツく睨みつけた。 そして出入り口の扉に手をかけた瞬間。 カチャ、という金属音。 「……動くな」 奥の方でお菓子を食べていた女子生徒がいつの間にか背後に周り、私の頭に拳銃を突きつけている、という事実に気づいたのはきっかり3秒後の事だった。 ここは本当に……生徒会室なのか。 「ヒイッ!?」 それに気づいたのか、のんびりと世間話でもするような気軽さで口元に手を当てる例の女子生徒。 「あらあら。お客様にそんな事してはダメですよ?」 「でもコイツ、私の彼氏に色目使った」 おそらく私の背後にいるであろうお菓子の方の彼女が、実に不機嫌そうに言ってくる。 「……は? 私は別に――」 「うるさい黙れとりあえず逝っとけゴミ」 ここは本当に、生徒会室なのか。 「しっ、失礼しましたぁぁぁぁぁっっ!!!」 身の危険を感じ、私は脱兎のごとく生徒会室を飛び出した……。 「……ああ……。またやっちゃった……」 C組の委員長が部屋から逃げ出すと同時、わたしは会長席の下から抜け出した。 ……。うう……ごめんなさいごめんなさい悪気は多分ないんです……。 「フフッ、生徒会長が隠れていてはダメですよ?」 「うん……。努力する……」 ため息をつきながら制服に付いたホコリを払っていると、書記の彼女がケラケラ笑いながら近づいてきた。 遠くの席では、何事も無かったのかのように携帯ゲームを続行する男子生徒二名。 真横のソファにて、落ちついたのか、やはりお菓子をむさぼり食う作業を続行する女子生徒。 わたしの会長席のコップに、何か紅茶らしきものを注ぎ込み始める、執事服の男子生徒。 部屋の中の惨状を見回し、大きくため息をついた。 ここ、本当に生徒会室、なのかなぁ……。 始まりは、つい先日の事だった。 『以下の者を退学処分に処す』 この掲示が廊下に貼り出されたのは、一時間ほど前だった。 そして身に覚えがあった(・・・・・・・・)わたしは、リストの中ほどにある文字を見つけた。 一年D組三十四番 柊(ひいらぎ)七瀬(ななせ)