数日前の事だった。 ある日の放課後、とある女子生徒と数分ほど話をした。ただ、それだけの事。 端的に言うと、恋をした。俗に言う、一目ぼれだった。 そしてあの無駄にうるさい幼なじみに比べ、物静かでいい人だと感じた。 後からその人が学年で男子から最も人気のある人物であると知ったが、そんな事は関係なかった。 周りがどうであろうと、自分の気持ちに正直に生きるのみ。 だから、俺は。 「んで? 前から思ってたけどアンタ馬鹿なの? ねぇ?」 「……うるせ」 帰り道、いつものように二人並んで寄宿舎へと向かう。 隣の相方は――こう呼ぶのも不愉快だが――小型ゲーム機片手に視線だけをこちらに向けてきた。 どうやら先ほどの「告白」、よりにもよってマソラに見られていたらしい。 「それで? さっきのは誰よ?」 「……。A組の津堂(つどう)さんだよ」 先ほどその「津堂さん」を屋上に呼び出し、数日かけて推敲(すいこう)した言葉を伝えたものの。 結果は玉砕。しかもその光景を一番知られたくない人物にまで見られる始末。 「はぁ? 津堂さん? そんな三次元に興味は無いっての」 言いながら、バッテリーが切れたのか、小型ゲーム機を電池式のバッテリーに繋ぐ。 「……くそ、せっかくコイツから離れられると思ったのに……」 大きくため息をつく。 自分とマソラは実家が真向かいということもあってか、幼稚園、小、中、と今まで同じ学校に通っていた。 極めつけには、生まれた病院まで同じだとか。 そして自分としては最悪な事に、それぞれの両親の仲が極めて良く、「幼なじみだから将来はこのまま結婚しちゃいましょうかウフフ」なんてのが毎日聞こえてくる始末。 「実家から離れた寄宿舎生活でついに! とか思ったら……」 「? 何か言った?」 やはり、日常はそう簡単には変わらないのか。 隣を歩く彼女を見て、改めてそう思った。 マソラのゲーム好きは、はっきり言って自分が原因だった。 まだ自分と彼女の仲が良かった小学生の頃に、面白半分で格闘ゲームの対戦相手をさせてしまった。 そして、気が付くとこんな事に。 「うわ、キッツいわねー。回復無しでエクストラダンジョンとかやるもんじゃないっての。弾薬制限もフザけんなってレベルだし。……でも、これをクリアしてこそ大佐と会える道筋が開けるんだってのよ!」 何言ってんだコイツ。 「……つーか、お前何やってんだ」 「だーかーらー、ガンクロよ、ガンクロ! 『暁のガンオブクロス』、略してガンクロ! さぁ百回復唱っ!」 「もしかして、昨日買いに行ったヤツか、それ……」 そう、自分は昨日、せっかくの休日に彼女に引きずりまわされて、新作の購入を手伝わされたのだった。 「でも、そろそろクリア目前なのよねー。昨日買い切れなかった分もこれから買いに行こうーっと」 「……ご自由にどうぞ。俺の財布に手付けなければ」 傍目からも見て分かる通り、マソラは極端なまでのインドア派。 だが、彼女は一応引きこもりはするものの、基本的にタイキが介入しなくてもそのうち勝手に外へ出てくる。……特にプレイ時間の長いオンラインゲームなどにハマっていない限りは。 そしてその理由は単純に「恐ろしいまでにクリアまでの時間が短いから」。 その後、血を求めるヴァンパイアの如く街中のゲームショップを彷徨い始める。 「さて、と! ってなわけで!」 小型ゲーム機をスリープ状態にし、こちらにビシッと指を突きつける。 「これからマソラさんはお代わり買いに行くので、とっととお金を渡しなさいってのお財布」 「だが断る! 今しがた言ったばっかだ!!」 「はぁ!? 財布風情が調子に乗ってるんじゃないわよ! こちとら毎日食費にも事欠く生活してるのよ!」 「それはただの自業自得だろうがぁぁっ!!」 「何よ、あたしにバイトしろっての!? 『働いたら負け』っていうコトワザがあるじゃない!」 「それはコトワザじゃねぇ!!」 「そもそもこれは遊びじゃないのよ! こちとら職業だってのよ!」 「廃人の言い訳だ!!」 ひとしきり怒鳴り、ぜーぜーと肩で息をつく。 見る者からすれば「夫婦漫才」という事で楽しいのだろうが、こちらの事まで考えて欲しかった。 「ったく、しょうがないわねー。後で徴収しに行くから待ってなさいよ」 後ろ髪をかきながら、シッシッとこちらに手を振る。 「……絶対に渡さねぇからな」 「全く、アンタはどうしてそうゲームに対して理解がないわけ? 理由もなく嫌うんじゃないっての」 「理由は好き嫌いだ!」 悪態をつきつつ立ち止まり、そのまま彼女の歩いていく方向を見つめる。 「とにかく、アンタと違ってあたしは忙しいんだっての。というわけでばいびー♪」 その数メートル先、マソラが入っていった建物はどう見ても彼女御用達のゲームショップだった。 「マジでいつまで続くんだ、この日常生活……」 人々が行きかう街中で、独りつぶやく。 言葉を返す者は、いなかった。 しかし、日常はこの直後に途切れることとなる。 この物語は、ラブコメではないのだから。