「……つかどこだ、ここ?」 数回ほど角を曲がり、いくつかの道路を横断したところで、周囲の建物が見た事も無いものへと変わっていく事に気づいた。 行きかう人々の数も目に見えて少なくなってきており、車もロクに通らない。 「……くそ、迷ったか」 早く寄宿舎へと帰ろうとロクに知らない裏道を通ったせいで、変な場所に出てしまったようだ。 いつも通学に使っている大通りからだいぶ外れ、現在地は皆目見当もつかない。 新規のゲーム店を探すために日々街中を徘徊しているマソラならば、脳内に完璧な地図が完成しているのだろうが、あいにく自分にそのような能力はなかった。 「……戻るか」 下手にショートカットを探すよりも引き返した方が早いと判断し、今来た道へと踵(きびす)を返す。 だが。 「……? ……ったく……」 さらに変な場所に出てしまう。 そこは小さい広場のようになっている空間だった。 建物が連なって壁を作り、タイキの立っている地点を中心として数メートル四方の日陰を作っていた。 いつの間にか周囲からは人の気配が無くなり、どこか自分一人だけが取り残されているような感覚に陥る。 「くそ、完全に迷子ってか……」 近くに道案内の地図でもないかと周囲を見回しながら、来た道を戻ろうとした時。 何かが、いた。 タイキの数歩先に、見慣れた種類の動物がいた。 「……犬?」 それはあえて分類するならば(………………・)、黒っぽい犬。 ただし。 犬はあんなに大きくはない。 犬はあんな声で鳴かない。 犬はあんなに目は血走っていない。 犬はあんなに口から涎(よだれ)を垂らしてはいない。 目が合った。 「ッ!?」 前足にあたる部分が動いたかと思うと。 気が付くと『それ』はタイキの眼前に現れていて。 その大きな口を開けた。 淀みきった紫色で、何もかも吸い込みそうな口内。 早かった。 避ける間も、無いほどの。 「な――」 喉に熱さを感じた。 それから意識が途切れ。 西原タイキは、そこで死んだ。 気がつくと、周囲は白かった。 暗闇の黒色が、そのまま白になっただけのような世界。 辺り一面靄(もや)のようなものに覆われていて、視界は極めて悪かった。 「……? 俺、路地裏にいた、よな……?」 そして、どこかふわふわした雲の上に立っているような感覚。 周囲を見回しながら、ふと何の気なしに首筋を触った。 「……」 首筋に、子指くらいの大きさの穴が空いていた。 触った手に血は付いておらず、ただ穴が存在しているだけ。 本来身体には無いはずの穴が何故あるのだと考え、思い当たる事があった。 「……あ……」 数瞬遅れて、やっと自分の現状を把握する。 到底、理解はしていなかったけれど。 「俺……死んだ、のか……」 まさかと思いながら口に出すが、自身でも完全に否定はできなかった。 「学校帰りに道で迷って、目の前に犬がいて……噛みつかれて……」 でも。 「もうどうでもいい……」 『あれ』が犬だろうが何だろうが、とにかく今の状況の方がよほど大切だった。 「……」 再び、首筋を触る。 不思議と痛みは感じず、穴の中で指を動かしてみてもただの空洞だった。 「こんなところに穴が空いてるんじゃ……俺生きてるわけないよな……。はは……」 つまりここは、死後の世界なのだろう。 百歩譲っても夢オチ。 そしてこの現実感は、決して夢ではあり得なかった。 考え込んでいるうちに段々と靄が晴れていく。 「……?」 遠くの地平線上に何か建物のような物が見えた。 あえて言うならば、高く高く……とにかく高い、頂点が見えない塔。 あれが何であれ、ずっとこのまま立ちつくしているわけにもいかなかった。 「行って、みるか……」 つぶやき、彼方の構造物に向けて歩き出す。 「……」 ふと、歩きながら脳裏に幼なじみの顔が浮かんだ。 「アイツ、今頃何してるんだろうな……」 おそらくゲーム屋で大佐がどうの、新作がどうのと叫びながら勝手に一人でエキサイトしている彼女を想像し、小さく苦笑した。 そんな事が分かるのは、生まれてからずっとマソラの幼なじみをしていた自分くらいだろうと口に出しかけて。 「アイツ……このまま一人でやっていけるのか……?」 彼女に対する好意など、カケラも持ち合わせてはいなかったが、いきなり保護者役の自分が消えた事で、残される彼女の事が心配で……どこか心が疼(うず)いた。 「……」 頭を振ってそんな考えを振り飛ばしつつ、歩みを速める。 どうせ彼女の事だ、ゲームさえあればすぐに自分の事など忘れて、毎日楽しくやっていけるだろう。 そう考えると、気が楽だった。 だが何故か、反対に身体は段々と重くなっていった。 歩こうとしているのに足は一歩も前へと進まない。 むしろ逆に、身体全体が後ろへと下がっているような気さえする。 まるで……何かに引っ張られているかのように。 「おはよう。どう、気分は」 「……?」 まず見えたのは、青空。 おかしい。先ほどまでの空間はただただ白く、空など見えなかったはずなのに。 そして次に……自分を覗き込む少女の顔。 「目が覚めたならさっさと起きて。ワタシもこの体勢は疲れる」 言われて、自分が彼女に膝枕をされている事に気づいた。 「……あ、ああ」 起き上がり、周囲を見回した。 ここは……先ほどの空き地だ。道に迷った自分がたどり着いた場所。 「で、アンタは……? そもそも俺は何をしていたんだ……?」 目の前で無表情のまま、着ている黒いローブについたホコリを払っている少女に声をかける。 しかし彼女はそれには答えずに、その場から立ち上がった。 「新しい命の感触はどう? 蘇生は完璧に出来たとワタシは思っているけれど」 「新しい? 蘇生?」 つまり、自分はやはり死んでいた……という事になるのか。 でも、だったらなおさら……。 こちらの疑問に追い打ちをかけるかのように、彼女は片手をこちらに差し出した。 「ワタシは死体蘇生者(ネクロマンサー)。ようこそ、二回目の人生へ」