「……ネクロマンサ―?」 相手から言われた言葉を、そのままオウム返しにする。 立ち上がった彼女は、タイキ自身よりもかなり小さかった。おそらく、自分よりもいくらか年下なのだろう。 「そう。名前を聞いた事くらいはあるはず。墓場から死者を引きずり出し、生き返らせる者」 相手の少女は、無表情のまま淡々と通告するように言う。 「それがワタシ。そして今、アナタを生き返らせた」 「……」 ゲーム廃人の幼なじみがこんな事を言い出したら、ぶん殴って「病院行け」と言うに決まっている。どうせ、何かのファンタジーRPGにでも影響されたのだろうから。 でも、目の前の彼女は別人。 そして同時に……冗談で片付けるには、さっきの白い空間はあまりにも異質過ぎた。 こちらの考えでも読んだのか、彼女は薄く笑った。 「行ったでしょう? 天国」 「? あそこが……?」 「ワタシたちでの間での正式名称は『天界』だけれど、一般的には天国と言われる場所。あの世、と言い換えてもいい」 あれが天国と言う割には、天使も神様も他の死者もいなかったと思うが、と言おうとして、ふと首筋を触った。 「……」 首筋の穴はいつの間にか消えていた。 もちろん痛みなど感じない。まるで、最初から何事も無かったかのように。 「ワタシが到着した時には、アナタは首筋から血を噴き出してそこに転がってた。ほぼ即死。生きている人間を対象にした医療技術なんか、何の役にも立たない」 と、先ほどタイキが横になっていた場所を指した。 「それにしても酷い格好。鏡でも必要?」 「?」 言われて自分の身体を見下ろす。 制服の首筋から上半身にかけて、べったりと紅い血で濡れていた。 「うわっ!?」 慌ててポケットティッシュを取り出そうとするが、ほとんど完全に染みついてしまっている。 「残念ながら蘇生のチカラは衣服には及ばない。帰ってから自分で洗って」 「……? 帰っていいのか?」 実感があまり無い話の中、妙に現実的な事を言い出す彼女。 そして先ほど、ネクロマンサ―は――彼女の言い分を信じるならばだが――蘇らせた死者を操る、とかどうとか言ってなかっただろうか。 「……。俺は操られているのか……?」 片手を上げ下げしてみるが、特に普段と変わりはない。 「特に何もしていない。死者の操作、しても良かったけどリアルにワタシの首が飛ぶからイヤ」 「?」 「ワタシは流浪(るろう)の一匹狼じゃない。ネクロマンサ―の統括組織がある。死者操作はそこの禁則事項で厳禁扱い」 「……」 言いたい事だけを淡々と告げる相手の言葉を、一つ一つ飲み込んでいく。 多少なりとも消化不良ではあるけれども、どこか自然に頭の中に入っていった。 ……それはおそらく、常日頃からこんな事を言い出す幼なじみの影響でもあったのだろうが。 「話を戻すと、勝手に帰ってくれて構わない。ただし――」 「クロエ、こっちも処理完了したよ」 彼女が何かを言おうとしたその時、背後から声が聞こえた。 「?」 振り向いても、誰もいない。 「後は……そこのキミへの説明と残党の捜索、かな?」 少し高い少年のような声が、足元から聞こえてくる。 視線を下げると、そこにちょこんと座っているものは。 「……ネコ?」 「ん、なんだい?」 灰色の小柄なネコが、不思議そうにこちらを見返していた。 「ご苦労様。彼への説明はもう少しで終わるから、そこで待機」 先ほど『クロエ』と呼ばれた目の前の少女が、そうネコに告げる。 彼女はタイキの視線に気が付いたのか、足元の小動物を指した。 「ワタシの相方兼ボディーガード。使い魔的なモノだと思ってくれればいい。ちなみに便利な探知機能付き」 「まあ……探知は訓練によるものなんだけどね」 やたらと人間臭い様子で頭をかく灰色ネコを見つめ、ふと引っかかる事があった。 「探知って……何を?」 「あ、それなら僕が話すよ。何で僕たちがここにいるのか、どうしてキミは死んだのか、そもそも僕たちは何なのか、全部まとめてね」 「……。ああ、頼む」 ついでにどうしてネコがしゃべっているのか、についても聞きたいところではあったが、相手はそこまで考えが回っていないのか、何かを話そうと口を開き。 「あ、……ちょっと待って」 いきなり両足で立ちあがり、しきりに周囲を見回す。 「クロエ……さっき、彼に襲いかかった一体と、その後に遭遇したの二体、計三体処理した……んだけど」 「対象数はワタシも上からそう聞いてる。何か問題でも?」 「……ごめん。不確定(イレギュラー)、いたみたい」 「?」 二人、というか一人と一匹の会話を、訳が分からぬまま聞く。 「あー、ごめん。キミにも分かるように言うと……」 「キミを殺したのと同じ種類の『ヤツ』が、この近くにまだ一匹……潜んでる」 走っていくクロエと灰色ネコを追いかけて着いた先は……もう小一時間は経っただろうか、幼なじみと別れたゲーム店。 元からほとんど人通りが無い区域の上、夕暮れ時という時間帯のせいもあるのか、周囲に他人の気配は無く、血染めの学生&黒ローブ少女&しゃべる灰色ネコ、という自分達が見とがめられる事は無かった。 「この近く……みたいだね」 改めて灰色ネコが立ち上がり、周囲を見回し始める。 「……あ……」 ふと覗き込んだゲームショップの裏手に、そこのものと思われるビニール袋と、一体いくら使ったのか十数本のゲームソフトが道端に散乱していた。 こんなにソフトを馬鹿買いする人物を、タイキは一人しか知らない。 「……ッ」 思わず、駆け出していた。 同時にケータイを取り出し、通話履歴を呼びだすのももどかしく、とうの昔に暗記している番号を打ち込む。が。 『お客様のおかけになった番号は――』 「……くそっ!」 ケータイのGPS画面を確認しながら、直線状に寄宿舎へ、ではなく近くのまた別のゲームショップへの最短経路へ。 「アイツなら……絶対こう移動するはずだ……っ!」 何回も転びかけながら、裏道をたどっていく。 「……っ」 また、何かが落ちていた。 何かに貫かれたのか、小指ほどの大きさの(………………)穴が空いたゲームソフトのパッケージ。 タイトルは……『暁のガンオブクロス』。 そして、その裏道を通った先に。 「……あ」 一瞬、ドラマか何かの撮影現場かと思った。 何故なら目の前に広がる光景は、日常生活ではまず目にしないものだったから。 まず、目に付いたもの。 赤。 紅。 あか。 一面に咲く赤い花の中心に沈んでいるその人物(・・)は……。 「マソラッ!?」 やっと思考が追いついてきて、ただ叫ぶ。 うつ伏せに倒れ込んだ、血だまりの中の幼なじみ。 そして彼女の周囲に、あの時タイキが見たのと同じ黒犬たち(・・)がいた。 それらがマソラの周囲に集まり、彼女に噛みつき始める。 まるで、ハゲタカが獲物を喰い漁るかのように。 「……離れろッ!!」 咄嗟(とっさ)に、持っているカバンを振りまわす。 カバンこそ当たらなかったが、闖入者(ちんにゅうしゃ)に気づいた黒犬たちは『食事』をやめ、タイキから距離を取った。 「下がって」 ふと、背後から声がした。 振りかえると、追いかけてきたのかクロエとその肩に載っている灰色ネコ。 「ここからはワタシたちの仕事。まずは『あれ』を駆除する」 言葉が聞こえたわけでもないだろうが、クロエが視線を向けると同時、黒犬たちは路地の奥へと駆けていく。 「……。追跡よろしく」 「すぐ終わらせてくるよ」 言うなり、灰色ネコは近くの塀に飛び乗って壁を駆け登り、そのまま見えなくなってしまった。 「……っ」 血だまりの中の彼女へ駆け出そうとすると、服が後ろから引っ張られた。 「もう手遅れ。どうやっても助からない」 遠目からも、幼なじみが生きていない事は分かっていた。 さっきの黒犬たちの牙で貫かれても、悲鳴一つ上げないのだから。 でも。 「何で……!」 さっき……学校帰りにはあんな元気に……笑ってたんだぞ!? 「すでに死んでる。絶命状態。諦めて」 無情に、冷たく告げる。 「ただし……普通の手段ならば、だけど」 言いながら、事切れたマソラに近づいていく。 「だから……ワタシがいる。任せて。これでも仲間内ではかなり優秀な方だから」 「――――――――――」 クロエは手をかざして、何かをつぶやき始めた。 同時に周囲は白い光に包まれ、その光はかざした手へと徐々に収束していく。 そして光は彼女の手を通し、倒れているマソラへと流れ込んでいった。 「……」 クロエがつぶやいているその言葉は、決して言語には表せない呪文のようなもの。 しかし、どこか……流れる詩のようだとタイキは思った。 そして、漂っている光がいきなり霧散すると同時。 「おはよう。どう、今の気分は?」 「んあ……大佐……って、あれ?」 頭に手を当てつつ、マソラがむくりと起き上がった。 「おい、大丈夫か!?」 取っ手部分が千切れたカバンを投げ捨て、彼女に駆け寄る。 「? アンタ何してんの? ……ここどこだっての。ってかそもそもそっちは誰よ?」 「……良かった……」 自分、周囲、そしてクロエにと順々に視線を向けている、いつも通りの彼女にひとまずは安堵した。 やはり自分の時と同じように、制服こそ血まみれでボロボロだが、身体の損傷は完全に治っているようだ。 「うわ、何コレ血まみれ!? ……で、そっちの暗そうなちびっこは何だっての」 「ちび……っこ……?」 ずっと無表情のままだったクロエの表情が、一瞬だけピクリと動いたような気がしたが、 「……。ワタシはネクロマンサ―。アナタを蘇らせた者。そちらのアナタにも紹介はまだだったけれど、クロエと呼んでくれればそれでいい」 「うん。で? 死霊使いがこんなところで何してるってのよ? 術薬探し?」 「……。疑問は無いの? アナタはずいぶんと飲み込みが早い」 「……諦めろ、こいつはこういう奴だ」 クロエはどこか納得いかなそうな顔だったが、すぐにいつもの無表情に戻るとパンと手を叩いた。 「聞いて。いくつか説明しなくちゃならない事がある。アナタ……いや、アナタたち両方に」 マソラ、そしてタイキと順に示す。 「ここからが……重要な説明」