(※教室にて、一部中略 などと思惑を巡らせていると、席に近付いてくる人影があった。 「なぁ津堂、お前はもう知ってるか? 最近のこのウワサ」 無駄な笑顔でサムズアップポーズを取っている山寺は、何故かメモ帳とこの街の地図を手にしている。 「出たんだよ、マジで、ついに、来たんだよ、俺の時代が!」 相手は興奮しているのか、言葉を区切るようにして吐きだしてくる。 「出たって、何が」 「魔人だよ、魔人!」 「…………は?」 頼んでもいないのに説明を開始した山寺曰く。 魔界からやってきた魔人『ソウルジャグラー』。 彼は出会った人物に力を与える「契約」を行い、その者は絶対的な力を手にする。 そしてその力を手にしたものは……世界をも手にする。 さらに……その魔人が最近、この街に出現したらしい。 「……」 どこから仕入れてきたんだその与太(よた)話、と聞く間もなく、相手は限りなく無駄にエキサイトしたまま叫び出す。 「ソウルジャグラー俺も会いたい力欲しいそしたら俺も能力者の仲間入りつまり俺もモテるはずだあぁっっ!!」 「……俺は遠慮しとく」 誰が流したんだそのデマ、と言いたくなるのをこらえ、訳の分からない話を話半分で聞き流す。 「そうそう、親友のよしみでお前だけに教えてやるよ。ソウルジャグラーと会うにはどこに行けばいいと思う?」 「さぁ」 魔人なんだから魔界じゃないのか、と言おうと思ったが話が長くなりそうだったからやめておいた。 「寄宿舎裏手に閉店した商店街があるだろ? そこの更に裏の空き地だよ。そこ行けば会えるんだとよ」 「……何でそんなに身近で具体的なんだ」 しかし相手はそれには答えずに、 「昨日俺も一晩中張ってたんだけどよ、何も起こらなかったんだよなぁ。警察に補導されかけて逃げてきたけど。コート着た爺さん警官と鬼ごっこ」 「……俺は今日も草むしりだからこの辺で」 適当に思いついた言い訳を口にし、同じ事をクラス中に言って回っている山寺に別れを告げる。 今日も平和。 そのはず……だった。 昇降口に降りていくと、何やら数人の声が聞こえてきた。 「――というわけで、何か知らない光輝? 知らなくてもいいのよ、知らなくても情報と証拠を探し出せばいい、ってあたしの知り合いの探偵好きの子が言ってたんだから。というわけでまずは聞き込みから調査スタート!」 「……あー、悪いけど俺用事があるんだ。ねーちゃんに買い物頼まれちまって。……じゃなー」 そして、誰かが走り去っていく足音。 「あ! 待ちなさいよ! ……じゃあ悠は行くわよね聞き込み調査。もちろん当たり前のように当然のごとく。だって世界が手に入るんだもの」 「今日は時雨と出かける予定と、秋津に頼まれた買い出しがあるから無理。悪いけど兄さんにでも頼んで」 自分と入れ替わるように校舎内部へと向かっていく悠を見送ってから、何やら腕を組んで仁王立ちになっている葵へと向き直る。 「むー……。あ、ちょうどいいところに! ねぇね、アンタは『ソウルジャグラー』って知ってる?」 「?」 確か、先ほどの山寺も同じような事を言っていた気がする。 「あたしの情報網に引っかかったのよ。今からソイツに会いに行くんだから! そして目指せ手に入れた力による絶対独裁支配!」 「……」 葵のこれは病気の発作のようなものなので、特に気にせず無言で靴を履き替える。 ちなみに残念な事に治療方法が限られる難病のため、唯一の処置方法はクレアにツッコんでもらう事だけだと白斗は勝手に思っていた。 『……はぁ……』 そしてその特効薬は、いつも通り頭を抱えてため息をついていた。 「ねぇソウルジャグラーについて詳しく知りたいわよね知りたいよね知りたいって言いなさいよじゃあ教えてあげるからお金渡しなさいよよし物分かりがいいわね、って、あ」 「この前五千円札抜かれたのは気のせいか」 独り芝居を続ける葵の手がこちらのサイフに伸びてきた辺りで、それを止める。 『……すまん白斗、あれ五千円じゃなくて一万円だったぞ』 「……あぁ、今日の学食で予想以上に金の減りが早いなと思ってたらそういうことか」 『……ホントすまん』 別にクレアが謝る必要はないのだが、彼女からすれば葵の監督不行き届きなのだろう。 当の本人は自身のサイフを片手に、よく分からない創作ダンスのようなものを踊っていた。 「まあとにかく、太陽が地平線にかかってから完全に沈むまでの間に、ソウルジャグラーは出現するらしいわね」 『いやホントどこのおとぎ話だそれは……』 「実はソイツって、魔界を追放された魔人らしいのよ。魔人だから太陽が出てる朝昼はダメで、追放されたから夜もダメ。その間の微妙な時間帯しか活動できないとかなんとかかんとか!」 しゃべっているうちに面倒になったのか、葵が語尾を放り投げた。 『……で、どこにいるんだ、その魔人とやらは』 「……うー、それが分かったら苦労しないわよ。……ねぇ、アンタは何か知らないの、って、ちょっと、話くらい聞きなさいよ! 今月分のノルマが達成できないと、おはようライオンに噛み殺されたりキャトルミューティられたりするんだから!」 彼女の発作に付き合ってやる義理はなかったので、無視して昇降口を後にした。 いつもの習慣で、特に用事がなくとも足が協会に向かっていた。 珍しく空っぽのロビーでソファに腰掛け、部屋中央に設置されているテレビを見ていると、奥の受付の秋津さんが何かを言いたげに手招きしていた。 「……」 どうせまたロクでもない事なんだろうなと思いつつ、受付口へと顔を出す。 「知ってる白斗くん?」 「何がですか」 事務仕事などどこ吹く風、ファッション雑誌をパラパラとめくりながらクッキーをパクつく。 「魔人『ソウルジャグラー』の都市伝説」 「……流行ってるんですか、それ」 げんなりとしながらつぶやく。 「いやぁ、本部から送られてきた確かな情報なんだけどね、」 都市伝説が確かな情報なら俺協会辞めます、などとは言えず、秋津さんの説明を黙って聞く。 山寺、葵が言っていたのと同じ『ソウルジャグラー』についての話、そして。 「実は、ソウルジャグラーに会うには合い言葉が必要なんだって! アリのお婆さんとたくさんの泥棒の話みたいでちょっと憧れちゃうよねー」 「……?」 数秒してから、相手の言っているのが「アリババと四十人の盗賊」だと気づいた。 「知りたいかな? 今私機嫌がいいから教えちゃってもいーんだけどなー?」 「……知りたいです」 仮にどうでもいいですと答えた場合、確実に無限ループで同じ質問を繰り出してくるのは目に見えていた。 「んっふっふー、合言葉はね……『力が足りない』だよ。できるだけみんなに教えてあげてねー」 「……善処します」 秋津さんと葵は思考回路が似ているのか、よくこんな感じのわけの分からない事に夢中になっている。 それに稀に光輝や自分が混じり、それにクレアがツッコみ、その馬鹿騒ぎを悠と紫苑が呆れて見ている、という構造がいつもの図式だった。 「でもソウルジャグラーに会う場所と時間が分からないんだよねー。誰か知らないかな―」 誰かがそんな事を言っていた気がするが、耳の右から左へと抜けていってしまったため全く覚えていなかった。 「ソウルジャグラーの力を手に入れると、世界の全てが手に入っちゃうんだって。あー、私も一回くらい世界を手に入れてみたいなー。そしたら一生ウハウハで過ごせるのに」 もしこの場に紫苑がいたら、多分「地球儀買ってやるから黙ってろ」とか言うんだろうな、とか思いつつ。 「そうそう、どうしても買ってきて欲しい物があるんだけど、頼まれてくれないかなー?」 「……地球儀ですか」 「? 何が?」 皮肉は通じなかった。 「よ、お前も買い物帰り?」 上司(あきつ)に頼まれた買い物が入った紙袋を持った悠は、反対側の路地からこれまた何かが入ったビニール袋を抱えた光輝と鉢合わせしていた。 今朝自身のケータイに届いたメールでは、自分と光輝にお使いを頼んだ旨(むね)が記されていたから、袋の中身はおそらくその品なのだろう。 「まったくさ、毎日毎日平和にねーちゃんのお使い。何か他に仕事はないのかって話だよな」 「特に何も無く平穏が一番だと私は思うけど」 そんな事を話しながら、二人で並んで協会方面へと歩く。 一見すると彼氏彼女の関係のようだが、自身はそんな事を考えた事は露ほども無かった。 時雨曰くファンクラブがあるほど――個人的にはとっとと解散して欲しかったが――学年で人気……らしい自分が、昔からの顔馴染みという関係上でも光輝と共にいる時間が長いと、二人は付き合っているのではないかというウワサがいつの間にか流れていた。 そのため、学校で自分の周りに寄ってくる男子は自然と少なくなっていき――それさえどうでも良かったのだけれども――最後には光輝と自分の兄さんだけが残った。 常に一緒にいても、それ以上の関係に発展する事はないだろう。悠はそう思っていた。 それはおそらく、隣を歩く光輝も同じ事で。 「ずっと一人で買い物ってか?」 「さっきまで時雨や他の人たちといたけど、今は見ての通り」 自身の持っている紙袋を振る。 「ところで悠さ、今いくらくらい持ってる?」 「それなり。何で」 言うと、光輝は面倒そうに両手をひらひらさせる。 「さっき、なぜか金が足りなくなりかけてさ。買い物先で会った友達に借りちまった」 そして「ちゃんと五千円札財布に入れたハズなのになぜか五百円玉にランクダウンしてた」とぶつぶつ言っている光輝を見ていると、とある事を思い出した。 「多分、葵が抜いたんだと思う。今日はどこかのバイキングに行くって言ってたから」 「……あんにゃろ、後で取り返しておくか……」 空中でシャドーボクシングのような仕草をした光輝は、懐に手をやった。 「あ、そうそう。こんなの買ったんだよ。ほら」 と、複雑な形をした金属の棒が絡みついた物体を取り出した。 「何それ」 「ん? 知恵の輪。さっきお使い先で売ってたから買ってきちまった」 「そうじゃなくて、そんなの買ってるからお金が足りなくなるんじゃないの」 「……あ、そっか」 自身の財布を眺めつつ「後でアイツに金返しておかなくちゃな」などとつぶやき、手のひらの上で知恵の輪をもてあそんでいる。 「ところでこれさ、外したのはいいけど……戻せなくなっちまって」 「貸して」 言うなり、複雑な形の金属の輪を手際良く組み合わせ、元の形に戻してみた。 「お、さっすが学年トップの成績の悠さん。IQも高いんじゃね?」 「あんなの勉強すれば誰でもできると思うけど」 「へいへい、さすが天才さんは言う事が違いますねー」 「……」 返そうとした知恵の輪の一部に強く力をかけ、金属の棒を歪ませる。 「うおっ、今度は外れねぇ!?」 「頑張って」 地面に置いていた紙袋を持ち、一人ですたすたと歩き出す。 と、追いかけてきた光輝が知恵の輪を手で示した。 「これってパッと見、複雑な形だけどさ」 相手が指した部分をよくよく見ると、三本の金属の棒が絡みついているだけの単純な構造。 「ここをこうして……ほい、っと。慣れちまえば簡単だわな」 上機嫌そうに、手で軽く放り投げてからキャッチした。 「ま、三つのキーを合わせた者だけが真理にたどり着く、なんてな」 「……」 無いと書類の処理に差し支えるからジュース買ってきて、と秋津さんに言われてたどり着いた先は寄宿舎裏の空き地。 元々何の場所だったか判別できないほど草が茂ったそこの道路に面した部分に、一台の自動販売機が設置されていた。 背後の商店街はとうの昔からシャッターを降ろし、開く気配は微塵も無い。 「……」 指定されたジュースは、ただの清涼飲料水のくせに何故か場所限定販売らしく、秋津さんが言うにはここに設置されている自販機でしか買えないようだった。 「……」 西の方角を見上げると太陽は半分ほど沈みかけ、後十分もすれば街灯のない周囲は真っ暗になってしまいそうな様子だった。 「とっとと買って戻るか」 そうつぶやき、自販機に数枚のコインを押しこんで指定されたジュースのボタンを押す。 「……」 だが、自販機のスイッチは反応するものの、いつまでたってもジュースの缶は吐きだされてこない。 コインの返却ボタンを押しても、金は飲みこまれたまま。 「故障、か……?」 自販機全体をゆさゆさと揺り動かしてみたり、げしげし蹴ってみたり、ごんごん叩いてみたりしてみるが、それでも何も反応がない。 「……」 再びボタンを押す。「ピッ」という音はするもののやはりジュースは出てこなかった。 「……」 これで自販機が壊れても商品を出さない方が悪い、と脳内で言い訳し、挙句の果てには助走を付けて体当たりなどしてみる。 だがそれでも自販機は壊れず、商品も金も吐き出さず、その場にそびえ立っていた。 「……」 RPGで何度リセットしても勝てないボスを前にした時のような気分になりつつ、息を吐く。 こうなったら工具を持ってきて穴を空けても合法だろうかと半ば真剣に考え込みながら、つぶやいた。 「押し方が悪い、のか? 俺の力が足りないわけでもないだろうし……」 瞬間。 辺りに霧が立ち込め、地の底から響くような音を立てて大地が胎動する。 まるで……何かが現れる前兆のような。 「……」 一瞬してから舌打ちする。 「……しまった」 今ほど自分の迂闊(うかつ)さを後悔したことはなかった。 霧が晴れると、そこに立っていた、いや……そこの空中に浮かんでいた者は。 「呼んだかね、新しい契約者よ」 「……誰だアンタ」 自分の顔がどこか引きつるのを感じつつ、恐る恐る相手に質問してみる。 「我が輩は魔人『ソウルジャグラー』」 ちょび髭にマントを羽織った、ぶっちゃけ胡散臭さを具現化させたような風体の男は、なぜか満足そうに告げてくる。 「我が輩を呼んだのは君だな、少年」 「……呼んでない。もし仮に呼んだとしても俺じゃない。……あ、そう言えばさっき祭壇を作ってアンタを召喚しようとした魔術師の格好をした男がコケコッコーとか叫びながらあっち方向に走っていったような記憶が」 適当に思いつくまま口走り、明後日の方向を指差すが。 「馬鹿な事を言うでない。この時間帯にこの場所でその契約呪文を唱える。そんなマネをしているのは君だけだ」 「……偶然だ」 心の中で舌打ちしつつそう返す。 まさか本当に『魔人』なのか。 ……一万歩譲って山寺や葵や秋津さん、そして目の前の相手の言葉を信じるならば、だが。 こちらの困惑を余所に、相手は続ける。 「まあ、話を本題に戻すとしよう。我が輩が現れた理由。それは契約のためだ。そして契約の内容とはだな、」 やはり満足そうにちょび髭を片手でさすっている。 「君の魂の奥に眠るチカラ『ソウル』を覚醒させてやろう」 「……」 「ふむ、突然こんな事を言われて戸惑うのも仕方ないか。いいか少年、分かりやすく説明してやるとだな、」 「……」 こちらの無言を肯定として受け取ったのか、自称魔人は『ソウル』とやらの説明を開始した。 いわく、ソウルとは個々人の魂の形ごとに決まっているスペシャルな能力で、それを発動させると世界を手にする力がうんたらかんたら、と。 その能力は使用者の魂の波長により決定されるなどと続けているが、特にそれには興味がなかったので、あっさりと聞き流す。が。 「……超能力(クオリア)、か」 ふと思い当たることがあり、誰へともなくつぶやく。 世界中に散らばっている異能力のうち、ごく一部はクオリアと総称される、協会が管轄する異能とはまた別個の力を持っていることがある。 いわく『異能力』ではなく『超能力』。 それらは通常の異能とは一線を画する威力を持ち、文字通り人間を超えたような力を手にする事ができるが、その分デメリットも多いと聞く。 聞くに『ソウル』とやらはクオリアの一種なのだろう。 まあ何にしろ、自分には露ほども必要のないものだった。 「さぁ、少年。我が輩と契約を結び、世界を手に入れるのだ」 「……」 魔人だか魂を弄ぶ者(ソウルジャグラー)だか変質者だか何だか知らないが、力を与えると言っている者に言うべき事はただ一つ。 契約に対しての返事を笑顔で待つソウルジャグラーに、ただこう返す。 「いらないから帰ってくれ」 相手の笑顔が凍りついたように見えたのは、気のせいではなかっただろう。 「強大な力におびえるのは世の真理。大丈夫だ少年。猶予をやろう」 「能力も猶予もいらないから帰ってくれ」 白斗としては、本日六時半から始まるテレビ番組の方がよほど興味深かった。 今日は百二話にして、ついにあの熱血主人公にライバルが登場するのだ。 一般的な番組の常識からすると遅すぎる気もするが、カオスな事で有名なあのアニメなら仕方あるまい。 これは何としても見逃すわけにはいかなかった。 「意地を張る必要もないのだ。本当の自分の気持ちに向き合ってみてはどうだ?」 「…………」 「どうだ? 今の気持ちを正直に……素直に言ってみたまえ」 「早く帰ってテレビが見たい」 「力を手にする覚悟ができたならば、先ほどの契約呪文を唱えるがよい。我が輩はいつでもどこでも、再び現れようぞ」 魔人はわざとらしく明後日の方角を向き、素晴らしいまでにこちらの言葉を無視すると、その姿は夕闇の中に溶けていった。 「……」 ケータイを取り出そうとして……やめた。 馬鹿らしくて紫苑に連絡する気も起きなかった。 (※中略、しばらくして、敵(『人形』)に襲われた直後 「クソ、やっぱりパワー……力が足りないか……」 こういうのは俺じゃなくて紫苑に向いている仕事のはず……。 「……あ」 辺りに霧が立ち込め、地の底から響くような音を立てて大地が胎動する。 そして現れたのは。 「呼んだだろう?」 「……呼んでない」 「嘘をつくでない。我が輩の耳にははっきりと届いたぞ。我が輩と契約したいと願う君の真の声が」 「……。悪い、俺が悪かった。さっきのはキャンセル、無しにしてくれ」 追ってくる『人形』から走って逃げながら、白斗の頭は背後の追跡者よりも自分の所持金額の方を真剣に考え始めていた。 自身の隣を並走する――腕を組んで空中に浮かんだまま平行移動する事を「並走」と言うならばだが――ソウルジャグラーは、背後の危機など大して気にしていないといった風に、自身の髪を撫でつけている。 「キャンセル? そんな現世のシステムなど我が輩の知った事ではないのだよ。さぁ少年、素直になって我が輩と契約を――」 「キャンセル料出してやるから帰ってくれ」 「金の問題ではない。我が輩は君を純粋に助けようとしているのだ」 「だったら帰りの電車代も出す。タクシー代も付けるから帰ってくれ」 「金の問題ではないと言っておろうが。それ以前に我が輩が乗り物などに乗ると思うなよ。そして我が輩は君のためを思って……」 「五千円までなら出してやる」 「……いやだから金の問題ではなくてだな、」 「かなり痛いけど一万円でどうだ」 「……少年、話を聞かんか。だから金ではなく……」 「クソ、じゃあ何円だ。言い値を出すから帰ってくれないか」 「……君はどれだけ我が輩が嫌いなのだ」 ちょっと目に見えて落ち込むソウルジャグラー。 「円建てが不服なら何で払えばいいんだ。ドルかドルなのかユーロなのかそれともジンバブエドルか」 「……ぐすっ」 相手が涙目になりつつあったので、そろそろフザけるのもやめる事にした。 (※中略、『人形』撃退後 自称魔人が魔界の歴史(多分)を説明し始めた辺りで、無言で協会に向けて歩き出す。 まずは今の事を、秋津さんか紫苑辺りに連絡しなければならない。 「……」 ふと思い当たることがあり、足を止める。 「一つだけいいか」 「む? 何だね」 ソウルジャグラーがちょび髭をさすりながら、よく分からないポーズを決めてみせる。 「俺にはどうでもいい事だけど、どうでもいい事だけど、重要な事だから二回言ったけど……お前と契約した者、つまり「ソウル」を手にした者は世界をも手に入れる、と聞いた。……本当なのか」 それが本当だとしたら、それはもう嬉々としてソウルジャグラーにホイホイされる人物が身の回りに何名もいるので、放っておくわけにはいかなかった。 「あぁ、あれなら宣伝文句の一種でぶっちゃけ大嘘だがそれがどうかしたのかね?」 「……お前もう黙ってろ」 限りなく脱力してつぶやく。 「はっはっは、我が輩は……」 「……帰れ!」 シッシッと砂を蹴りあげる。